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コラム 『土とワイン』第2回

コラム 『土とワイン』

Wine-A-List 書下ろしコラム

ワインの複雑な個性や香り・味わいは、原料である葡萄の育つ環境が大きく影響します。このコラムでは、葡萄を育む土や石にフォーカスし、専門家による書下ろしで、取り上げていきます。

今回と次回の2回に亘り、エノログ(ワイン醸造技術管理士)であられる株式会社高畠ワイナリー 取締役 製造部長の川邉 久之氏に寄稿戴きます。

2018年12月20日


地形や気候に恵まれた地 山形県置賜地方

第1回

置賜地方のブドウ栽培の歴史と風土

 

自然に恵まれた実り豊かな大地

山形県の置賜地方

イギリス人旅行作家 イサベラ・L・バードは、明治11年5月から12月にかけて横浜~北海道と関西などを旅し、それを記録した「日本奥地紀行」を出版しました。そこで山形県の置賜地方を訪れた際の印象を、「米沢平野は南に反映する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場赤湯があり、まったく“エデンの園”である」「鍬で耕したというより鉛筆で描いたように美しく、米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ザクロを豊富に栽培している」「実り豊かに微笑する大地であり、“東洋のアルケイディア(桃源郷)“である」と記しています。このように、置賜地方は周囲を山に囲まれた谷間で、昔から寒暖差のある気候と山々からの豊富な水に恵まれた実りある大地だったと伺えます。

置賜盆地における高畠町  

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(ワイナリー周辺平野部の時沢地区、屋代地区、丘陵地の和田地区、時沢地区)

諸説あるブドウ栽培の始まり

こうした中、ブドウ栽培の歴史も江戸時代初期まで遡り、現在の南陽市川樋(かわとい)地区のかつては山城のあった大洞山(おおほらやま)にブドウの樹が植えられたのが始まりだといわれています。なぜ、この地であるかという説には二つあり、一つは、上杉藩に請われ金の採掘人足として、大洞山の鉱山にきていた甲州(今の山梨県)の人が、南陽と甲州の土地に共通性を見出し、ブドウを植えたという説です。もう一つは、川樋の地が山岳宗教のメッカである出羽三山を往来する修験者の通り道だったために、彼らが持ち込んだ、という説です。いずれの説も非常に興味深く、特に金の採掘人が甲州から持ち込んだ話は、カリフォルニアワインのブドウが1849年のゴールドラッシュの際に採掘人だった欧州からの移民が持ち込まれた説と相重なります。

ワイン造りが始まる明治初期

そして日本最大のデラウエア生産地へ

明治期になると、当時の山形県令が進めた殖産興業の一策として、明治6年に高畠町幸町に勧業試験場が設けられ、置賜地方でブドウが本格的に試験栽培されるようになります。そして、先ず欧州系品種のブドウを中心に栽培が本格化し、その後、明治40年に山形県に、米国オハイオ州で命名されたデラウエアが初めて導入されます。このデラウエアが置賜地方で主役となるのは、晩腐病が欧州系品種ブドウに大量発生し改植された昭和8年と比較的後の事です。大正初期には、一旦はフィロキセラの被害で生産量は低下しますが、対策として講じた接木苗が普及し活気を取り戻すと、ブドウは米より高い値段がつき、ブドウ景気に沸いたそうです。この背景には、明治30年に全国博覧会で高畠町産のシャスラーが最優秀賞金牌を受賞、また大正3年に大正天皇にブラックハンブルグを献上した実績と併せて、明治32年に奥羽南線が整備され関東への物流アクセスが向上したこと等が挙げられます。こうして、ブドウ栽培は置賜地方で急速に広がりをみせ、大正初期、高畠町の和田村では、地元住民の救済事業として立石地区の原野を開拓し、ブドウ栽培が始まり、その後は本格的に「和田葡萄出荷組合」が設立され集荷場をつくり、共同で栽培と出荷を行い、置賜地方で、高畠町はブドウ栽培の中心的存在となりました。

ブドウ栽培は、第二次世界大戦中、軍需物資である酒石(ブドウの酒石酸とカリウムにナトリウムを結合したもの)の製造のため、国が原料のワイン造りを奨励したことにより保護され存続したものの、敗戦後は復員が始まると、全国的な食糧難から稲作が奨励され一旦は縮小しますが、果実に対する統制委が徐々に解除されると復活の兆しをみせます。他方、昭和37年にピークを示した米の年間消費量は皮肉にも、全国的なパン食の普及とともに米離れが生じ、それ以降減少し、昭和45年より始まった本格的な生産調整の減反政策として、稲作からの転作が奨励された際、山形県では果樹栽培が振興され、置賜地方では、昭和30年代にジベレリン処理による種無しデラウエアが普及したブドウ栽培への転作を推進し、置賜地方は日本最大のデラウエア生産を誇り、高畠町は市町村単位ではトップの座に君臨するまでになりました。

高畠町ブドウ栽培の歴史

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母なる川「最上川」の恵み

置賜地方は周囲を山々に囲まれた盆地で、米沢市の西吾妻山には山形の母、最上川の水源があり、ここから置賜、村山、最上地方と山形県内を縦貫し庄内地方の酒田市より日本海へ流れます。置賜地方では最上川に、高畠町の天王川、砂川、和田川、屋代川が盆地の東側の東北山脈側から、南陽市の吉野川が北側の斜面から合流します。これらは歴史の中で幾度となく氾濫し、これが置賜地方で特色ある土壌分布を形成し、米沢市、高畠町、南陽市の平野部では砂上粘土を含む沖積土が大部分を占め、また高畠町東南部の比較的標高の高い和田~上和田地区では礫質の土壌が、さらに高畠町北東部の蛭沢湖周辺から時沢地区では天然の暗渠とも例えられる、ゼオライト質の水はけのよい高畠石を含む土壌がみられます。これら土壌の特徴と地勢の選択と利用から、置賜地方でのブドウ栽培は、これら斜面や標高の高く水はけの良い地区で始まり、水はけの悪い平野部は主に稲作に割かれ、そして、昭和の減反政策とともに、平野部でもブドウ栽培が広まりました。しかし一方で、長年の悩みが、ブドウ生育期間の6月から8月辺りまでの時期に、盆地特有の高温多湿の気候が原因で、晩腐病が蔓延し、年によってはブドウの生産量に大きく影響することでした。

時沢地区に近い高畠石石切場 瓜割石庭公園

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 (一般社団法人  高畠町観光協会 提供)

高畠町特有の「サイドレス方式」

そうした中、昭和50年代、栽培部会の若手を中心に、山梨県で巨峰のような高級大粒種の栽培に採用されていた、横の部分が開放されたサイドレスとよばれるハウスを従来のブドウ棚に併設することが試され、降雨をぶどうや表土に触れさせないことで、病気のリスクが激減し、それと併せて薬剤散布の頻度も激減し、更に高糖度のブドウを最低限のロスで収穫できるよう改善が図られ、「置賜は晩腐の里」のイメージは一掃されました。4月から10月の生育期間で合計降水量が約800mm、また特に6月から10月の致命的な時期の月間降水量が三桁という宿命的気候条件を、サイドレスハウスの被覆で克服したブドウ園では、盆地特有の夏から秋の昼夜の寒暖差の大きい気候が、ブドウの糖度と色づきを一層押し上げます。こうして、生食用ブドウは品質でも最高級となり、降雨の影響を最小限に抑えることで栽培農家の収入も向上し、冬期間の出稼ぎがなくなりました。

サイドレスハウス全景

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「高畠ワイナリー」と栽培農家の強力なタッグ

このサイドレスハウスを施した棚は生食用ブドウでも効果を上げますが、ワイン用ブドウでは日本では実現しにくい素晴らしい条件をもたらします。平成2年に設立された「高畠ワイナリー」は当初の27名の契約栽培家とともに、ワイン用ブドウを栽培し始めます。当初は、垣根式や被覆を施さない露地栽培など試しましたが、生育期間が乾燥した地中海性気候に適した欧州系ワイン専用品種を栽培するうえで最も成功したのが、地域に根付いたサイドレスハウスを施した棚栽培でした。サイドレスハウスは雪解け後の4月から収穫後の9~10月までブドウ棚を覆い、雨を苦手とする欧州系ワイン専用品種を乾燥した土壌で育むことが可能になり、収穫時の糖度が24度を超える10月中旬の遅い時期まで待てる、日本では不可能とされた理想的な環境を実現できました。

サイドレスハウス内のピノブラン

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国内外で高評価を得る高畠の欧州系品種

こうして「高畠ワイナリー」では契約栽培家とともに、平野部においてはシャルドネを中心に栽培を展開し、礫質や石を多く土壌に含む水はけの良い和田地区など丘陵地では、高い糖度が求められるシャルドネや、水はけの良さで着色を促進するメルローやカベルネ・ソーヴィニヨン、シラーなどの赤ワイン用品種の栽培を行います。特に、カベルネ・ソーヴィニヨンなど赤ワイン用ブドウは、根の部分の水分を低減する水分ストレスを与えることで濃い色とフレーバーをもつ果実となります。また、サイドレスハウスによるブドウ栽培は、過剰な土壌への水分は果房肥大を誘発させ、ブドウの糖度など成分の低下からワインフレーバーが乏しくなるのを回避できるので、ナイトハーベスト(夜間収穫)されたシャルドネを筆頭に国内外で評価される濃厚なワインを造れる夢を叶えました。これらの実績は、それまでは、ワイン用ブドウ栽培に棚栽培は不利とする常識を根底から覆すことができ、契約栽培家は世界基準の品質を高畠町で栽培されたワイン用ブドウにもたらし、強い自信となりました。

ナイトハーベスト収穫風景

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ナイトハーベスト全景

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川邉久之 プロフィール

㈱高畠ワイナリー 取締役製造部長、エノログ(ワイン醸造技術管理士)

愛知県名古屋市生まれ。1988年東京農業大学醸造学科卒業、同年渡米。カリフォルニアのナパ・ヴァレーで15年間、ワインメーカー兼ワイナリー長としてワインビジネスに携わる。帰国後、ワイン醸造コンサルタント、醸造専門学校講師、ワイン品評会審査員等を経て、2009年から現職。エノログ(ワイン醸造技術管理士)、葡萄酒技術研究会理事。

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